シドニーのフー (広瀬)

  • 2019.03.22 Friday
  • 17:52

 

シドニー時代のフーのお客様の事をふと思い出す時があります。

 

何の脈路もなく、本当にふとした弾みに思い出します。

 

シドニーのフーが始まって最初の頃は、当然ながらお客様は少なかったのです。

 

でも僕の撮影関係の人達が来てくれたのと、何かのきっかけで来てくれたアーチストとか、お洒落に敏感な方達が最初にフーを訪れてくれるようになりました。

 

そして次第に普通の‥ と言っていいのかわからないけど、もともと僕とも撮影関係の人達とも日本とも、まさに縁もゆかりもなかった、本当にごく普通のシドニーの人達がフーに足を運んで来てくれるようになったのです。

 

今思えば、(僕にとって)これはなかなか凄い事です(@_@)

 

先週思い出したのは、そんなごく普通のオーストラリア人、シェリーさんの事。

 

シェリーさんが何でフーに通ってくれるようになったのかは覚えていませんが、たぶんフーの前を通りがかって、とかだったと思います。

東京のフーは3階にありますが、シドニーのフーは1階で道路に面していました。

 

やっていたのが日本人というハンデはあったものの、外から見ていつも賑わっていたのがシェリーさんの興味をそそったのではないかと思います。

 

シェリーさんはたぶん50代ぐらいの、知的で品を感じさせる女性でした。

 

とにかく僕の技術を信頼してくれていたと思います。

 

ある時、これは後にも先にもその時だけだったのですが、僕が手を痛めた事があったんです。

ハサミを持つ方の右手でした。

 

とにかく忙しくて使い過ぎが原因だったのですが、誰かに伝える事もなく、平然といつも通りの仕事をして、いつも通りに出来ているつもりでいました。

 

でもシェリーさんだけはそれを見逃さなかったのです。

 

「右手は大丈夫?」って。

とても心配そうにそうでした。

 

なぜその事がそんなに印象に残っているのかはわからないのだけど、今でもその場面はなぜかはっきりと映像として僕の脳裏に浮かんできます。

 

あと、シェリーさんは僕にチップを何度も渡そうとしました。

 

カットは60ドルで今のそれと変わらなかったのですが、シェリーさんは安すぎると思ってくれていたようです。

 

ぼくは日本人らしくいつもそれを断わりました。

 

今思うと頂いておけばその方がシェリーさんも喜んだのだと思いますが、その頃の僕は日本人代表みたいな気持ちでいた訳で、それはしょうがない事だったのです。

 

そしてそして、僕をびっくりさせた出来事が最後にありました。

 

《次回に続く》

 

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